与那ノート

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かなしいこともあるけれど。

昨日まで、長々と竹富編にお付き合いくださり、ありがとうございました☆
本当なら、21日からとんとんと連続更新する予定でした。

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実のところ、22日はサボってしまったんですが。
23日に、母からイトコの奥さんが亡くなったというメールが来たんです。

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イトコ同士のお付き合いはそれほどなかったんですが、会えば気さくに声を掛けてくれたし、私の父が病気で亡くなったときも、「マユちゃん、大丈夫か? 元気出せよ」って言ってくれました。

奥さんは私と同じ34歳。
この春、小学校に上がる息子さんがいます。

くも膜下出血だったそうです。

以前、私の母が入院しているときに、イトコは結婚するんだと言って、その奥さんを連れてお見舞いに来てくれました。
私が奥さんとお会いしたのはそれっきりでしたが、明るくて元気な女性で、素敵な笑顔を今でも覚えています。

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私は、先月入院して手術をしました。
最悪のことも考えたし、手術は成功したけれど、辛い現実を受け入れなきゃいけなかったりして。
でも、こうして元気に毎日を過ごしています。
ターさんも与那も、元気でこうしてそばに居てくれます。

奥さんが亡くなったのは、我が家の結婚記念日。

なんだか、とても悲しく、辛くなりました。

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今回の地震で、たくさんの人が亡くなり、行方不明になり、生き別れになっています。
それとは別のところでも、突然、こうして命が消えてしまいました。

それでも、残された家族は、前を向いて生きていかなきゃいけない。


私の父は、私とターさんの結婚を反対して、会うことのないまま亡くなりました。
父が亡くなり、正直、どうするべきか悩んだこともありましたが、今は結婚して本当に幸せです。
きっと天国の父も、今の私たちを見たら、賛成してあげればよかったと思っているはず…!

でも、こんなふうに考えられるようになったのは最近のことです。


家族を失った傷を癒すには、長い時間が必要です。
そして、完全に消えることはありません。


今回の地震では、同時に家や仕事を失ってしまった方もたくさんいらっしゃいます。
余命を宣告された死を受け入れることすら時間がかかったのに、どれだけ辛く悲しいことか、想像するにも耐えられません。

それでも、だからこそ、生きていられるだけで、しあわせなんだと思います。


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奥さん、突然のことで、きっと心残りがたくさんあると思うけれど、どうか安らかに眠ってください。

そしてイトコと息子くん、強く生きてね!



こういうのって、言葉にするのは難しいですね。
最近は被災地は当然のことながら、被災地以外のところでも、気持ちや価値観のすれ違いで感情のぶつかり合いが起きているようです。
どうか早く、みんなが穏やかに笑って暮らせるようになりますように。


2 Comments

KEIKOPY  

死は なによりも辛いですね。
私も父を22歳の時に亡くしましたが
母は長く体を壊すほど悲しんで
もう一生立ち直れないのではないかと心配しました。
20年以上経って 最近ようやく睡眠薬を飲まなくても
眠れるようになったそうです。
イトコさん、息子さん。震災で大切な人を失った方たち・・
どうぞ強く生きてくださいとしか やはり言葉がみつかりません。

ブーゲンビリアだったんですね。
アップで見ると想像してたのと違いましたが
きれいですね。まるで造花みたい!





2011/03/29 (Tue) 22:58 | EDIT | REPLY |   

マユ  

お返事

★KEIKOPYさんへ
私が父をなくしたのも、KEIKOPYさんと同じ年ころでした。
1年半後に結婚したんですが、直後に母が胃がんになり…><
でも、母はそのときに目が覚めたのか「お父さん、どうか連れて行かないで!」と仏壇に手を合わせたらしいです^^;←すごくマユの母らしいですよね!?
今ではお医者様からお墨付きをもらうほど元気に回復しました☆
本当に、みんなに強く生きてほしいです!

ブーゲンビリア、今の時期は本当にキレイですよ~♪
あの色の着いた部分は花を包む葉で、白いちっちゃいのがお花なんだそうです^^

2011/03/30 (Wed) 17:59 | EDIT | REPLY |   

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